新特急なすの日和

205系500番台R3編成。この姿が疾走している場面を見ることはできない。(2009年7月18日撮影)

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イチローの会見

会見を聞きながら、聞き取れるところを自分なりにベタ打ちしてみました。

第一声「こんなにいるの?」

挨拶
今夜のゲームを最後に現役生活に終止符を打ち、引退することとした。マリナーズのユニフォームを着て最後の試合を迎えられたことを幸せに思う。

質疑応答

  • 引退のタイミングと理由
    タイミングはキャンプ終盤。日本に戻る数日前。元々契約上は日本での試合まで。
  • 決断に後悔とかは?
    今夜の球場内での出来事を見て、後悔などあろうはずがない。もっとできたことはあるが、自分なりに頑張ってきた。これだけは言える。
  • これから野球を始めるであろう子供たちにメッセージを
    メッセージは苦手なんだな…自分が夢中に見つけられれば、それに向かってエネルギーを出せるので、早くそれを見つけてほしい。それを見つければ、その壁に立ち向かうことができる。色んなことにトライして、自分が好きなものを見つけてほしい。
  • 今思い返して一番印象に残る場面は
    色んな記録に立ち向かってきたが、そういうものは大したことではない。今夜の出来事を経験すると、その他のことが小さなことに感じてしまう。去年の5月から、シーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら他の誰にもできないかもしれない。どの記録よりも、ほんの少しだけ誇りを持てたことかなと思う。
  • 「沢山の人に支えられて」と言っていたが、ファンの存在とは
    ゲーム後に、あんなことが起こるとは想像していなかったが、メジャーにいて中々日本のファンの熱量を感じるのは難しい。久々に東京ドームに来て、日本の人は表現が苦手という意識があったが、内側にある熱い想いを表現したときの迫力を感じて、今までの自分の意識が覆された。これが最も特別な瞬間。人が喜ぶことが自分にとってエネルギーとなることを感じた。
  • イチロー選手が貫いたもの、貫き通したものとは
    野球のことを愛したこと。これは変わることはない。
  • 野球の捉え方が変わる瞬間は
    ない。子供の頃からプロ野球選手になることが夢で、最初の2年、1・2軍を行ったり来たり。そういう状態でやる野球は楽しかった。94年のレギュラー以降は、番付上げられてしんどかった。チカラ以上の評価をされるのはとても苦しい。それ以降は、達成感はあったが純粋に楽しいことはなかった。将来は楽しい野球をやろうと思った。中途半端に選手生活を過ごしてきた人にはわからないこと。
  • 開幕シリーズを大きなギフトと言っていた。これからどんなギフトを私達にくれるのか
    そんなのないよ!でもこれ(以降話すこと)は大きなギフト。3月頭にマリナーズからオファーをもらって、それからの今日。去年の春に終わっていてもおかしくはなかった。今の状況が信じられない。
  • 涙がなく笑顔いっぱいだったのが印象的だったが今日の試合は楽しかったか
    純粋に楽しいのではない。誰かの思いを背負うのは、それなりの思いなので簡単なことではない。だから疲れた。一本ヒット打ちたかった。結果残して最後迎えられたら良かったな、と思ったが。でも、あんなふうに球場に残ってくれて…「死んでもいい」という気持ちはこういうことなのかな。
  • 最低50歳まで現役と言っていたが日本に戻ってもう一度プレーという気持ちはなかったのか
    なかった。
  • なぜか
    それはここでは言えない。最低50までとは本当に思っていた。有言不実行の男になってしまった。でもそういう表現をしないと、ここまで頑張ってこられなかった。
  • これまで膨大な時間を野球に費やしてきたが、これからの膨大な時間をどうするか
    わからない。でも、たぶん、トレーニングはしてる。じっとしていられないから。動き回ってると思う。
  • イチロー選手の生き様でファンに伝えられた、伝えることのできたこととは
    「生き様」というのがよくわからない。「生き方」というふうに考えれば…人より頑張ることはとてもできない。あくまでも「計り」は自分の中にある。いつの日かこんな自分になっている、という状態になり、少しずつの積み重ねが自分を超えていくということになる。地道に進むしかない。進むだけではなく、後退もする。でも自分でこれをやるということは続けていく。その積み重ねが、今夜の出来事。
  • 現役選手を終えたら監督になったり指導者になったりタレントになったりする。イチロー選手は何になる
    何になるんだろう…そもそもカタカナのイチローってどうなの?(会場笑)
    監督は絶対無理。絶対。人望がない。プロの世界というより、アマとプロの壁が特殊な存在であるから…今日をもって「元イチロー」になるので、小さな子供か中学生か大学生かわからないが、そこには興味がある。
  • そこに至る以前にも引退の文字が浮かんだときはあったのか
    「引退」というよりは「クビ」になるのではないかと。ニューヨークもマイアミも、ともに違うが特殊な場所。そんなのしょっちゅう。
  • そんな中今回引退を決意した理由
    マリナーズに戻してくれたときは本当にうれしかった。でもその後5月ゲームに出られなくなる。その時考えてもよかった。
  • 菊池雄星投手が号泣した時どんな会話をしていたのか
    それはプライベートなんで…雄星が言うならいいが。あの時の雄星の号泣具合はすごかった。
  • アメリカのファンへのメッセージ
    アメリカのファンは相当厳しい。「日本に帰れ」はしょっちゅう。でも、結果を残したあとの敬意というのは迫力アリ。中々入れてもられないが、その後はすごく近くなる。シアトルのファンとはそれができたような気がする。ニューヨークは厳しい。でも、やればどの地域よりも熱い想いがある。マイアミはラテン文化が強い印象で、圧はないが結果残さないと絶対に人は来ない。それぞれに特色があり面白かった。ファンの人達の特徴を見るだけで、アメリカは広いなという印象。
  • 着ているユニークなTシャツについて
    そこは言うと急に野暮ったくなるから…全然関係ない可能性がある。いちいち説明すると野暮ったい。
  • イチロー選手を支えてきた奥様への言葉は
    頑張ってくれた。一番頑張ってくれた。自分は3089本のヒットを打ったが、妻は約2800。3000いきたかったらしい。おにぎり3000個にぎらせたかった。本当に妻は頑張った。妻には休んでもらいたい。愛犬の一弓(「いっきゅう」。柴犬。17歳7ヶ月、今年で18歳)を見てたら、頑張らないとなと思った。懸命に生きる姿。まさか、現役最後まで一緒に過ごせるとは思っていなかった。感慨深い。妻と一弓には感謝の思いしかない。
  • 3月終盤に引退を決めたということだが打席内での感覚の変化は
    言う?それここで。ウラで話すわ。
  • 数多くの決断があった。その中で一番考え抜いて決断したものとは
    順番つけられない。それぞれが一番。アメリカでプレーするために、今とは違う形のポスティングだったが、自分だけでは叶わないので球団の了承が必要。その時に誰を球団にいる誰かを口説かないといけない。その時に一番浮かんだのは仰木監督。その前からアメリカでプレーしたいという気持ちは伝えていたが、うまい飯とお酒を呑ませればいけると思ったら、まんまと上手く言った。でもやはり洒落た人だった。仰木監督から学んだものは計り知れない。
  • 現役時代ガマンしたこと・ものとは
    ガマンが苦手。楽なことを重ねている。自分ができること、やれることをやってきてるので。とにかく身体を動かしたくてたまらなくて、それを抑えるのに苦労。それ以外は、なるべくストレスがないようにしてきた。質問の趣旨の「ガマン」は思い当たらない。
  • 台湾ではイチローのファンがたくさんいる。台湾のファンに伝えたいことは
    チェンが元気か知りたい。チームメイトだったから(元気だそうだ)。今の所台湾に行く予定はないが、以前に行ったことがある。すごく心が優しい印象。
  • 菊池雄星マリナーズに入団した。エンゼルスには大谷翔平。後輩たちに託したいものとは
    菊池雄星のデビューの日に引退を迎えたのはいいなと思っている。ちゃんとやれよ、という思い。短い時間だったが、すごくいい子。色んな選手を見てきたが、左ピッチャーの先発は変わっている子が多い。天才肌という表現がいいのか?こんなにいい子がいるのかというほど。でもキャンプ地から日本に移動してくるわけだが、黒のジャージーでOKという球団からの配慮があった。「日本に着いた時にさすがにジャージーは駄目だろ?」と自分は言ったが、日本に着いた時、雄星はジャージー。ぶったまげたね。
    大谷翔平は早くケガ治して、世界一の選手にならなければならない。あのサイズで機敏な動きができるのはいない。
  • イチロー選手が感じている野球の魅力は?
    団体競技だけど個人競技である。チームが勝てばそれでいい、ではない。同じ瞬間が一つもない。どの瞬間も必ず違うので飽きが来ない。
  • イチロー選手がいない試合を見るときの楽しみとは
    今後野球がどうやって変化していくのかを見る。野球は頭を使わないといけない競技だが、残念ながらそうでなくなってきている。それが気持ち悪い。危機感もってる人がたくさんいる。日本の野球がアメリカの野球に追随するということはしなくていいし、日本の野球で決して変わってはいけないこと、大切にすることは大切にすることが重要。
  • 一番最初のゲームも今日のチームもアスレチックス戦。何か1年目のゲームやオープニングゲームを思い出したことは
    ない。
  • プロ野球選手になるということを叶えて
    成功かどうかはわからない。そもそも「成功」という言葉が嫌い。メジャーに挑戦することは大変な勇気。でも、成功すると思うからやってみたい。それができないと思うから、行かない。そういう判断基準では、後悔を生む。やりたいならやればいい。その時に、どんな結果が出ようとも後悔はない。成功を勝ち取ったところで、達成感があったのかは疑問。基本的には、自分がやりたいと思ったことをやればいい。
    • 今何を得たか
      「まぁこんなものかな」という感覚。それは、200本もっと打ちたかったし、もっとやりたかったし。勝つのは最初の3年簡単だと思っていたが、後に大変ということがわかった。この感覚を知ったのが大きい。
  • 神戸に何か恩返ししたいこととは
    神戸は特別な街。選手として、なるべく現役を続けることが恩返しなのでは。あとは、税金を少しでも多く払えることが恩返しだと思う。(会場笑)
  • 自身の経験からもっとこんな制度であればいいなということは
    制度には詳しくないが、日本で基礎を作ることであれば、制度だけに目を向けるのはフェアではない。
  • 日本の野球で鍛えられたこととは
    メジャーより、日本の中学生レベルのほうがうまいことがある。連携も言わなくたってできるから。メジャーは個人のポテンシャルは高いが、連携面については苦しんだ。そして諦めた。
  • 大谷翔平に思うことは
    世界一の選手にならなければならない。
    • 大谷翔平と対戦したかったと思うことはあるか?
      大谷翔平がバッターで、自分がピッチャーで対戦したかった。サイヤング賞獲って、その後新人王獲ったらバケモノだよね。
  • 現役選手でない自分を想像したら
    違う野球選手になっている。お腹減ってきて集中力が…(会場笑)
    真剣に草野球を極めるようになっていると思う。

(この質問を終えた時点でイチローが経過時間を聞く。約1時間20分経過)

  • 野球人生を振り返って誇れることは
    さっき話した。
  • イチロー選手の小学生時代の文集が有名。その当時の自分に一言
    「お前契約金1億ももらえないよ。」(会場笑)
    そんなの遠く及ばなかったから。ある意味挫折。こんな終わり方でいいの?(会場笑)

(そこで一つだけ延長戦)

  • 最初のマリナーズ時代、何度か孤独を感じながらプレーしていると言っていた。プレーする役割は変わってきた。孤独感を感じながらプレーしてきたか、以前のものとは違うものがあったのか
    現在は全く無い。それとは違うかもしれないが、アメリカに来てメジャーに来て、外国人になったことで人の思いを慮ったりした。この体験は、体験しないと自分の中からは生まれない。孤独を感じて苦しんだことは多々あった。しかし、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今思う。だから、しんどいこととかから逃げたいと思うことは当然。エネルギーがある時に立ち向かっていく。それが人として重要なこと。
    締まったね~。(会場笑)

「えっ?おかしなこと言ってます?」とか「お腹減ってきて集中力が切れてきた」とか、もう会見場は彼(イチロー)に支配されてるかのようでした。それでもここまで素晴らしい会見ができるのはすごいと思います。本当に、イチロー選手、今まで現役生活お疲れ様でした!!